世界の農業先進国の歴史と現在 スイス(1)手厚い国の保護と国民の理解。

伝統的にスイスは農業国。第2次世界大戦中に中立を守ったスイスは孤立し、国内の農家が国民に食糧を供給したことから、農業は現在も非常に大切にされている。スイスの農地の4分の3は草地と牧場。作物の生産に携わっている農家は農家全体の3分の1程度で、山の上の牧草地と畑のあるふもとの村の間とを行き来する牧畜も兼業している。スイスでは、早くから食品加工の工業化が進み、最も有名なスイスの農産物は乳製品となった。
しかし他の国と同様、現在スイスの農業も危機に直面している。現在、スイスのGDPにおける農業の占める割合は1%にも満たない状況だ。伝統的な小規模農家にとって農業はもはや採算の合わない、あるいは存続不可能な産業になった。国内で生産するより輸入する方が何倍も安い農業製品が多いのだが、それでも食料安全保障を憲法に明記したスイス政府は食糧の自給率を維持する方針を堅持する。輸出支援補助金や輸入制限を撤廃する一方で、農家への直接保護や地理的表示制度の整備(地名ブランドの確立)などで、スイス農業の高付加価値化を進めてきた。有機農業の積極的育成・普及もその一つだ。これらの政策は一定の効果を上げ、スイス農業の高付加価値製品へのシフトが進んでいる。
また、政府は、農家に対する直接保証に多くの予算を付けている。スイスの農家は、2013年の時点で年額約2,300億円のスイス政府による直接支払いを受けている。農業保護のために納税者は年間推計約3,600億円)を負担しているが、政策は国民投票で決定され、いつも過半数の賛成票を集める。
補助金の直接支払いは、農家にとって過剰生産が生じても保証を受けられるという利点があるほか、有機農業などスイスの農業政策に沿った取り組みも推進できるという利点もある。耕作地の11%以上が有機農法の厳しい基準に従って耕作されている。
農地の広さに応じた補助金には、補助金全体の60%が充てられるが、残りの40%は、直接は農業生産に関係しない活動に対して支出される。この40%は、(a)生物多様性を保全する農地に対する補助、(b)景観の多様性を維持し増進する農地に対する補助、(c)環境を保護し動物福祉に資する有機生産方式採用者に対する補助、として支出される。
輸入品への関税強化などの自国の農業保護政策を維持する一方、スイス産農産物の地名や有機農業によるブランド化を強力にバックアップする政府。そんな環境だからこそ、画期的な技術を提供するスタートアップ企業が続々生まれている。農業者にとってスイスは目の離せない国となっている。